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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)269号 判決 1976年10月27日

原告 浮島竹男

右訴訟代理人弁護士 岸田昌洋

右同 西川哲也

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 末永進

<ほか三名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求趣旨)

一、札幌地方裁判所昭和四九年(ケ)第九二号不動産任意競売事件につき、同裁判所の作成した配当表中、配当順位第二の行を全部取り消しあらたに「配当順位二、債権者浮島竹男、債権の種類札幌地方裁判所昭和四八年(モ)第一六一号仮処分異議事件の和解において債務者が債権者に支払いを約束した和解金三、五〇〇万円の残額金一、九四八万六、〇〇〇円、右和解において債務者が債権者に対して支払いを約束した違約金三〇〇万円の計金二、二四八万六、〇〇〇円、配当額金一、〇二八万六、六八〇円」なる一行を設けて配当を実施する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(請求趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一、原告は、訴外株式会社丸和地所(以下訴外会社という)に対する抵当権に基づき、右訴外会社所有の別紙物件目録(58)記載の土地(以下本件(58)の土地という)及び右訴外会社の物上保証人たる訴外松井直子所有の前記目録(1)乃至(31)、(62)記載の各土地(以下、以上の全土地を合わせて本件物件という)につき任意競売の申立をなし、昭和四九年七月二九日札幌地方裁判所より競売手続開始決定を得た。

順位

債権者

債権の種類

債権額

配当・交付額(充当)

浮島竹男

競売手続費用

四三六、五二六円

四三六、五二六円

物件(1)から(31)(62)につき2

同上

札幌地方裁判所昭和四八年(モ)第一六一号仮処分異議事件の和解において債務者が債権者に支払いを約束した和解金三、五〇〇万円の残

一九、四八六、〇〇〇円

九、六七七、四四〇円

同上和解において債務者が債権者に対し支払いを約束した違約金

三、〇〇〇、〇〇〇円

〇円

物件(58)につき2

札幌

国税局長

昭和四八年度 法人税

本税

五三、八九四、四〇〇円

加算

税一五、三八五、七〇〇円

この合計

六九、二八〇、一〇〇円

六〇九、二四〇円

二、本件物件は札幌地方裁判所により競売に付された結果、左記のとおり配当する旨の配当表が作成され、昭和五一年二月二七日を配当期日と定められた。

三、ところが右配当表のうち本件(58)の土地につき債権者札幌国税局長を配当順位二とした点は次の理由により不当である。

(一) 昭和四九年一月二二日札幌地方裁判所昭和四八年(モ)第一六一号仮処分異議事件の和解において、債務者である訴外会社は、債権者である原告に対し、損害賠償金として総額金三、五〇〇万円を支払うこととし、内金二、四四八万六、〇〇〇円についてこれを被担保債権とする抵当権を前記本件物件について設定することを約した。そこで、原告は、本件(58)の土地について札幌法務局石狩出張所昭和四九年三月二〇日受付第二五一〇号をもってその旨の登記手続が了した。

(二) 被告は、昭和四九年一〇月四日、訴外会社昭和四八年度法人税(納期昭和四九年二月二八日)本税金五、三八九万四、四〇〇円、加算税金一、五三八万五、七〇〇円合計金六、九二八万〇、一〇〇円(以下本件法人税という)を徴収するため札幌地方裁判所に対し本件(58)の土地について差押ならびに換価代金の交付を要求した。

(三) 本件(58)の土地につき原告の抵当権設定登記は、本件法人税の法定納期限後になされているが、国税徴収法(以下単に法という)第一六条の規定の趣旨に照らして、原告の右抵当権により担保されている債権は、被告の本件法人税に優先するものであり、従って、その換価代金も被告より先順位で配当されるはずである。

すなわち、国税は、法第八条によりあくまでも他のいかなる債権に対しても優先することを原則とされているが、法第一六条は、この例外を定めたものであり、同条の要件を充して設定された抵当権は、登記等を備えずとも国税に優先するというべきである。何故なら、法第一五条第二項は、登記をすることができない債権についてその設定の事実を公正証書等によって証明すれば国税に優先するとされており、これは登記に限定せず登記に比適しうる程の信用性ある書類に設定の信用性を求め、納税者の恣意による執行免脱を防止すると共に国税と私法上の債権の回収との調和を図ったというべきである。法第一六条にあっても「国税の法定納期限等以前に抵当権を設定しているとき」とのみ規定されており、対抗要件の具備については何も定めていない。このような立法趣旨からいえば、優先権者たる国が点検しなければならないのは、例外を認める相手が本当に法定納期限等以前に設定した担保権者であるか否かということである。登記も登録もそのための一資料にすぎず、対抗要件の問題と考えるべきでない。旧国税徴収法(明治三〇年三月二九日法律第二一号)第三条も「納税人ノ財産上ニ質権又ハ抵当権ヲ有スルモノ其質権又ハ抵当権ノ設定カ国税ノ納期ヨリ一年前ニ在ルコト公正証書ヲ以テ説明シタルトキ……」と規定されており、同条項に関する実務の取扱いがどうであろうと、法の趣旨に沿った解釈とは原告主張のようであらねばならぬのである。

本件の場合のように、抵当権の設定が法納期限以前になされたことは裁判上の和解調書で明白であり、ただ登記手続に手間どったため納期限後に登記の受付がなされたというケースでは何ら法第一六条の適用を妨げる理由はないと考える。

法第一六条の解釈としては法定法期前に抵当権を設定したものが租税債権優先の原則の例外に該当するのでありその事実の証明方法としては法第一五条二項の定めを準用し、同項の公正証書の中には裁判上の和解調書が含まれると解すべきである。

よって、請求趣旨記載のとおりの配当表の変更を求める。

(請求原因に対する答弁)

第一項 認める。

第二項 認める。

第三項の(一)中、厚田郡厚田村大字望来村フラトマリ一〇九〇番四の土地につき札幌法務局石狩出張所昭和四九年三月二〇日受付第二五一〇号をもって金二、四四八万六、〇〇〇円を被担保債権とする抵当権設定登記を完了したことは認める。その余は不知。

第三項の(二) 認める。

第三項の(三) 争う。

法第一六条に規定されている「抵当権」とは、民法第三六九条に規定する抵当権(根抵当権を含む。)をいい、不動産抵当・地上権抵当・永小作権抵当・立木抵当・工場財団抵当・鉱業財団抵当・漁業財団抵当・道路交通事業財団抵当・港湾運送事業財団抵当・鉱業権抵当・漁業権抵当・入漁権抵当・採石権抵当・ダム使用権抵当・鉄道財団抵当・軌道財団抵当・運河財団抵当・工場抵当法の規定による財団を組成しない工場抵当・船舶抵当・自動車抵当・航空機抵当・建設機械抵当および農業用動産抵当等を含むものであるが、これ等はすべて登記・登録等の対抗要件を備えることによって、第三者に対抗することができるとするのが民法の建前であり、法第一六条に規定されている「抵当権」についても、これを租税債権者たる国に対抗するには登記・登録等を必要とするというべきである。すなわち、一般の私法上の債権者に対しても、登記・登録等を欠くときは当該抵当権を対抗できないのであって、このことは、租税債権者である国に対する関係においても全く同様であるべきはずのものである(国税徴収法は国税債権を一般の私債権に優先させるものではあっても、対抗要件に関して国税債権を一般の私債権より不利に扱うものではないはずである)。又、昭和三四年法一四七号による改正前の国税徴収法(以下「旧法」という。)第三条にも現行法第一六条に対応して「納税人ノ財産上ニ質権又ハ抵当権ヲ有スル者其ノ質権又ハ抵当権ノ設定カ国税ノ納期ヨリ一箇年前ニ在ルコト公正証書ヲ以テ証明シタルトキ……」と規定されていたが、この規定における「質権又ハ抵当権ノ設定」とは、対抗要件として登記・登録の制度のあるものについては登記・登録等の対抗要件を具備したものであり、又質権・抵当権によって担保された債権が国税債権に対して優先権を行使できるための基準となる日は、当該質権・抵当権設定の登記・登録がなされた日であるとされており、国税徴収実務においても、抵当権及び登記又は登録が第三者に対する対抗要件又は発生要件となる質権については、登記又は登録のされている抵当権及び質権に限られ、更に、質権又は抵当権の設定が「一箇年前」であるかどうかの判定は、抵当権・財団抵当・不動産質・登録国債質・登録社債質等登記又は登録制度のあるものについては、当該登記又は登録の日によるものとするとされていた(昭和三一・一・一以降実施 国税徴収法逐条通達)。

この通達上の解釈は、現行法一六条に規定されている抵当権にも受継がれ、法一六条の「抵当権」は、すべて第三者対抗要件を具備した抵当権に限られ、その抵当権の設定の時期は、その登記の日によるとしている。(昭和三五・一・二七以降実施租税関係法例規類集〔徴収編Ⅱ〕)

以上のごとく、法第一六条に規定されている「抵当権の設定」とは、登記・登録等の対抗要件を備えた抵当権に限ると解釈することが正当である。

第三証拠《省略》

理由

原告が、本件(58)の土地を含む本件物件につき任意競売の申立をなし、昭和四九年七月二九日札幌地方裁判所より競売開始決定がなされたこと、同地方裁判所は、本件物件を競売に付し、本件(58)の土地については札幌国税局長を第二順位とする配当表を作成したこと、原告は、本件(58)の土地につき金二、四四八万六、〇〇〇円を被担保債権とする抵当権を設定し、札幌法務局石狩出張所昭和四九年三月二〇日受付第二五一〇号をもってその旨の登記手続を了したこと、被告は、札幌地方裁判所に対し本件(58)の土地について本件法人税を徴収するため差押ならびに換価代金の交付を請求したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、原告と訴外会社の間において、昭和四九年一月二二日、札幌地方裁判所昭和四八年(モ)第一六一号仮処分異議事件について裁判上の和解が成立し、それによると、訴外会社が原告のために本件(58)の土地を含む本件物件につき前記金二、四四八万六、〇〇〇円を被担保債権とする抵当権を設定することを約したことが認められ、これを左右する証拠はない。

右事実によると、原告は、昭和四九年一月二二日、札幌地方裁判所昭和四八年(モ)第一六一号仮処分異議事件の裁判上の和解により本件(58)の土地を含む物件につき抵当権の設定をしたが、その旨の登記手続は、本件法人税の法定納期限である昭和四九年二月二八日を経過した昭和四九年三月二〇日に了したものであることが認められる。

ところで、原告は、本件(58)の土地に対して本件法人税の法定納期限以前に抵当権が設定されたことは裁判上の和解という証明力も確たるものによって明らかであり、ただその旨の登記手続が右法納期限に遅れたのみであって、国税徴収法第一六条の解釈からしても本件法人税に当然優先すべきである旨主張する。

要するに本件の争点は、原告が本件(58)の土地に対して有する抵当権によって担保される債権が、本件法人税である国税債権に優先するか否かということである。国税は、原則としてすべての公課その他の債権に優先して徴収されるものとなっているが(法第八条)、例外的に質権又は抵当権によって担保される債権に対しては、その質権又は抵当権の設定が国税の法定納期限以前である場合には、国税がそれらの債権に劣後するものとして(法第一五条、第一六条)右質権又は抵当権により担保される債権を保護し、私的経済活動との調和を図っている。そして、国税債権に対する優先権を主張するには、その質権又は抵当権が国税の法定納期限以前に設定され、しかも第三者に対抗しうる登記あるいは登録等を右期限までに具備していることを要すると解すべきである。けだし、不動産に関する権利の得喪および変更は登記等をなすのでなければ、これを第三者に対抗しえないことは自明であり、これが国税との関係において例外とされる由縁はない。国税の課税手続と徴収手続とは一応別の手続とされており、滞納処分においては、国は、納税者に対して租税債権を有し、納税者の一般財産の換価代金から租税債権という金銭債権の実現を図ることを企図するのであって、これは一般私法上の(差押)債権者の地位と本質的に異るものではないし、又、原告が主張の一根拠としている国税徴収法第一五条第二項は、登記又は登録をすることができる質権以外の質権、例えば動産質や債権質等については、公正証書等をもって当該質権が国税の法定納期限以前に設定されたという事実の証明を要求しているのであり、それ以上に通常の公示の原則の適用を排除しているものでもない(旧国税徴収法第三条の規定も同趣旨である)。従って、原告の前記主張は採用しえない。

以上のとおり原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 星野雅紀)

<以下省略>

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